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洋上風力発電施設の建設に伴い水中音の問題がクローズアップされているように感じていますが,昔から水中音問題はあったのでしょうか。あるいは近年になって水中音問題が認知されるような背景があるのでしょうか。(Vol.45No.5)
Vol.45 No.5

((公財)笹川平和財団 海洋政策研究所 赤松友成)

 水中の音は長く軍事機密のベールに包まれていました。米ソ冷戦時代には大西洋での潜水艦探知のため,水中音の観測システム(SOSUS)が構築されましたが,データはおろか存在すら公表されていませんでした。1989 年末にアメリカ合衆国のブッシュ大統領とソ連のゴルバチョフ共産党書記長がマルタで冷戦の終結を宣言しました。潜水艦探知システムのデータがコーネル大学で解析されたのを皮切りに,水中生物音響の研究が本格的に始まりました。
 最初は潜水艦が発する音と同じような周波数で鳴く大型のヒゲクジラの声を調べる研究が進展しました。すでにザトウクジラについては 1970 年代から歌を歌うと知られていましたが,太平洋や大西洋の広い水域での音響探査ができるようになったのは90 年代に入ってからです。衛星ではなく海中音響を利用したリモートセンシングと言えましょう。同時に,海中に存在する様々な音源が明らかになりました。クジラだけでなく魚やエビなど生物由来のBiophoney。降雨や波浪,地殻変動にともなって発生する Geophoney。そして船舶や海中工事にともなうAnthrophoney です。ただし海中騒音の場合には影響を受けるのが人間ではなく海洋生物でしたので,しばらくの間はこの問題の広がりは見られませんでした。
 ところが水中音響技術が民間に開放されてしばらく経った 2000 年代以降,水中音の実際の影響事例が多く示されるようになりました。ヒトを含む陸上の動物と同じように,海洋生物も騒音の暴露によって回遊行動の変化や聴覚感度の悪化や,場合によっては器官損傷に至ります。長期間の音響計測データの解析から,1960 年代以降に北米の西海岸沖で水中騒音レベルが上昇していたことや,2000 年代に入ってもインド洋で背景音レベルが徐々に上がっている様子が確認されました。
 これまでにない騒音が発生すれば,音声によるコミュニケーションに頼るイルカやクジラのような種類の回遊や繁殖に支障が生じるおそれがあります。海産哺乳類に関心の高い欧州ではネズミイルカを中心に大きなプロジェクトを組んで騒音の影響評価が行われるようになりました。日本は少し視点が異なります。漁業が盛んで,海の幸の魚介類をたくさん食べます。音波は,水中で遠距離まで届くので,それによって魚の行動が変わると,漁に影響が出るのではないかとの懸念があります。漁師さんは海の重要なステークホルダーですので,その意見は無視できません。
 海洋の利用と開発は,近年の技術的な進歩に助けられ活発になってきました。洋上風力発電はその最たるものですが,深海底の鉱物資源開発や地質構造の把握のための音響探査も多数行われるようになり,海中への人工音の放出が顕著になっています。世界の物流も活況を呈しており,高速なコンテナ船が世界中を行き来しています。こうした人工音の主成分は 1 kHz 以下に多く,この領域で感度がよいのはヒゲクジラ類と魚類です。水産資源としても海洋環境の指標生物としても重要な生物群です。
 持続可能な開発目標いわゆる SDGs は,いまや誰でも知っているキーワードになりました。私たちはこれまで大気や海洋に多くの負荷をかけてきました。それがいよいよ限界に達し,急速に地球環境が変化し始めています。子や孫の世代,さらに先々まで人類が持続的に幸せに生きるために社会構造を変えていかなければなりません。再生可能エネルギー開発も物流も,日本にとって重要です。一方で,漁業も海の生態系もしっかり守っていかなければなりません。海を持続的に利用するための一つの重要な課題として,水中の騒音に目が向けられるようになりました。

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