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会員コラム

日本語擬音表現の考察の試み(Vol.44 No.4)
日本語擬音表現の考察の試み

日本語擬音表現の考察の試み

. はじめに

これが読者諸兄姉の目に触れるころには、新型コロナの感染拡大も収束しているころだろう。筆者は、この3か月間ほとんど自宅でテレワークという新たな生活様式で過ごしてきた。

休日の外出もままならない中で、大辞林1)を数十年ぶりに、正しくは四半世紀以上ぶりに開き“音”の部分を読み返してみた。【音】空気・水などの振動によって聴覚に引き起こされた感覚の内容。また、その原因となる空気などの振動。音波。中略、音の性質は強さ、高低、音色の三要素で表すことができる。(後略)。この音の性質を基に、日本語の擬音表現について考察を試みた。

. 擬音に対する日本語表現

音にまつわる日本語表現は数多くあることを考えると、古くから音が感覚としてとらえられてきたことがうなずける。

筆者に海外の知見は乏しいが、日本語には実に多くの音に対する表現がある。いくつかの例を挙げて、実際に計測してみた。

2.1 夜がしんしんと

例えば、末松謙澄の翻訳した小説「谷間の姫百合」の中で「夜はしんしんとして静かに月は林の上に懸りて・・」という表現がある。また日本の小説の曽根崎心中の一説に「かげ暗く風しんしんたる曽根崎の森にぞたどりつき・・」とあり、大辞林では“しんしん”は、音もなくひっそりとしたさまとして、“深深”は“沈沈”という漢字を充てている。

そこで、筆者は、深夜2時ごろ、野外に出てまさに月夜の下、自宅付近の環境音を1時間計測した。10分間の等価騒音レベルを6回計測した結果は、2531dBであり。自分の呼吸が気になるくらいだった。

まさに、無響室の暗騒音計測時と同じような静けさを数字は示しているが、不思議と無響室のような鼓膜を押されるような違和感はないことを感じた。

2.2 雨がしとしとと

雨が降るさまの一つに、「しとしとと降る春の雨」などと表現がある。4月のある小雨の日、日中11時頃の住宅の室内(我が家)の音を図ってみたところ、等価騒音レベルで4042Bであった。なお、窓を開くと6065Bであった。当時の気象台のデータから、雨量は1mm/時程度であった。窓を開けているとかなり気になる騒音レベルだが、春のしとしと雨と分かっていれば、草や木のなどに雨粒が滴り落ちる音が雨音として認識され、はたして風雅や季節感をもたらしてくれる音と感じる。

2.3 雨がごうごうと

一方、集中豪雨では、ごうごうと、物音がとどろきわたるさまたる、という表現がある。6月のある豪雨の日、日中11時頃の住宅の室内(我が家)の音を測ってみたところ、等価騒音レベルで4248dBであった。なお、窓を開くと6372dBであった。当時の気象台のデータから、雨量は20mm/時程度であった。長時間継続すれば、河川の氾濫や土砂崩れなどの甚大な災害につながる雨量である。雨音の主な要因は、大粒の雨が屋根や構造物に当たる衝撃性の音で、“喧しい”とかさらに進めば“恐ろしい”ものを連想させる音である。

. まとめ

音にまつわる日本語表現は、まだたくさんある。これらの擬音は単に音の大きさによる区別ではなく、高低さや特に音色を含む音の三要素で表現されたものであることは、多くの書籍が教えてくれる。音色とは、大辞林で、基音の振動数が同じ音の間で、聴覚に差を起こさせる特性をいう。上音の含み方やその減衰率によって決まる、と記載されて、AIに学習させるにはまだ時間が掛かるのではないだろうか。

今回、機会に恵まれ、日本人の豊かな感性と表現力を改めて体験し、今日まで受け継がれかつ現代人にも受け入れられる感覚を実感できた。

 4. おわりに

今回の新型コロナ禍で、医療及びそれに係わる現場で、人命救助に尽力された皆さんに、読者諸兄姉とともに心よりお礼を申し上げたい。

 

参 考 文 献

1) 松村明三省堂編修所編:大辞林(三省堂,1988).

(オリエンタルコンサルタンツ 石川賢一)

 

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