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公益社団法人 日本騒音制御工学会

会員コラム

騒音制御今昔物語 (Vol.43 No.2)
騒音制御今昔物語

騒音制御今昔物語

少し古い話を紹介しようと思いますが、半世紀を超える記憶は定かでない処もあり、「そんなことがあったのか~」ということでお読み頂ければ幸いです。

騒音問題の草創期

 古くは「噪音」と表し、文字どおり好ましくない音が対象でした。戦時中には爆撃機の到来をプロペラ音で察知する大きなラッパ型の聴音装置を創る研究をしていたと五十嵐寿一先生から伺ったことがあります。

 戦後、交通機関や工場の発生騒音が社会問題になりはじめ、まだ評価の基準なども法制的に充分確立されておらず、それぞれの問題に対して各々の行政機関で個別に必要な対応をしていた時代が草分けでした。

騒音測定あれこれ

昭和20年代後半には、国産のサウンドレベルメーターが出回るようになりました。勿論アナログのメーター指針を読み取るもので、単位はPHON、測定の方法は、耳で音を聞きながら、レベルに応じて聴感補正A,B,Cを素早く切り替え、同時に振れ動いている針を目で追ってレベルを読み取るという熟練の技で、「騒音は耳で測れ」と教えられたのはその証しであり、まさに音を測るという基本的な作業であったと思います。

当時の騒音計は、真空管式で電池もAB二つを入れるので、大きさも重さも今のものとは比べものにならず、記録装置はオープンテープレコーダー。レベルレコーダーはB&K製が大学の研究所など数か所にしかなく、携帯型のものはゼンマイ駆動で動く記録紙にインクで書かせる構造で、一式を運ぶのは体力勝負の測定でもありました。24時間測定ともなれば、徹夜で騒音計と睨めっこというハードなもので、食事交替要員も電池の予備も必要という大事業でした。

    ゼンマイ式レベルレコーダー

今は、ICなどの進歩によって小型軽量でデジタル表示、自動化も普及して無人測定もできるという便利な時代になりました。しかし、そこに人がいない測定結果が本当に現実的な答えを示しているのか、一寸考えて見ることも大切で、ヒトが好ましくない音を捉えているという原点にいま一度着目して欲しいと考えます。

防音工事のはじまり 

 昭和20年代の終り頃、在日米軍の射撃訓練や飛行場の航空機騒音による教育阻害を緩和する対策として、近隣の学校に対する防音工事が始まりました。

当初、防音という表現は、音源制御なのか、受音対策なのか判然としないという声もありましたが、今では防音工事という言葉は一般にも定着して、主に建築物に対する騒音対策を表す用語になっています。

昭和29年に始まった対策では、当時の木造校舎を構造的に遮音するのが難しく、壁の遮音性能を高めるとともに、開口部の気密性を上げ、室内の吸音力も増して教室を静かにする方法が考えられました。しかし、気密化によって換気を強制的に行う必要が生じ、屋外の騒音は入らないで空気の出入りをさせるという消音換気部を設けるなどの工法が開発されました。前例もないし、音響材料も限られ、試行錯誤が続きました。  

その後航空機はジェット化され木造建築での防音には限界があるため。全面的に鉄筋コンクリートに改築して、効果的な対策が取られるようになり、鉄道や道路周辺の騒音防止対策にも応用されました。

 

         新旧騒音計

騒音制御こぼれ話

「鐘は上野か浅草か」と言われてから僅か200年、

今は街の騒音で遠くに鐘の音が届かなくなりました。おまけに、お寺の鐘の音がうるさいという苦情や、子供の遊ぶ声が騒音だという話題も耳にします。多くの人の中には噪音と感じる方もあるのでしょう。数字が一人歩きするデジタル時代ですが、音の問題は数字で解決できない感覚量だという事を忘れてはなりません。

人の生活空間を、遮音目的で気密性を高めることは、

室内の空気環境を良好に保つこととは相反し、この問題が必ず付帯することにも注目しなければなりません。また、外部の音を遮断することで、生活上の必要な音まで排除する危険も考えられます。

世はデジタル時代、騒音の評価単位も変化しましたが、「音」はあくまでヒトの大切な五感で捉える現象であることを基本に、先ずは耳をそば立てて、騒音を扱うように心掛けましょう。 

( 認定技士 岡本圭弘 ) 

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