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会員コラム

1200年前の音に思いを馳せる―防人の聞いた音 (Vol.43 No.3)
1200年前の音に思いを馳せる―防人の聞いた音

1200年前の音に思いを馳せる―防人の聞いた音

数年前に久しぶりに大学時代を過ごした福岡に行く機会があり,じっくり訪れることがなかった志賀島を改めて散策した。島の入り口近くでレンタサイクルを借りて、歴史深い島を,海風を感じながら巡る道のりは楽しかった。江戸時代に志賀島で発見された金印が出土したとされるひっそりとした場所に立つ石碑を眺めていると,低空で通過する福岡空港に向かう旅客機の音にぎょっとする。歴史と騒音のせめぎ合いの様相だ。島の北部までやっと辿り着くと、そこにちょっとうらぶれた「しかのしま資料館」があった。金印や元寇の詳しい資料など一見の価値がある。暇を持て余した受付の人とひとしきり話をしていると薄い歴史の小冊子に目が止まった。蒙古襲来などテーマを絞った数冊の本をお土産代わりに購入したらその人はえらく喜んでいた。たぶん滅多に売れないのであろう。ホテルに戻って頁をめくるとそれらの小冊子は思いの外面白かった。郷土の歴史の本なので博多に思い入れのある文章だ。二度の元寇の話も生々しい記述についつい引き込まれた。

西暦1274年の1回目の蒙古襲来は博多の町を震撼とさせた[1]。旧暦の103日に朝鮮半島を出発した900隻の船団は、対馬、壱岐を玉砕して1020日に博多に上陸、武士達の必死の抵抗にも関わらず、博多はこの日一日で市街地がほぼ灰になった。この時の戦いの様子を竹崎季長が絵師に描かせたのが有名な「蒙古襲来絵詞」である。よくぞこの詳細な絵を残してくれたものだと思うが、当時の元軍の武器などもよくわかる。元軍の戦法の重要な要素は敵の人馬に有無を言わさず恐怖心を煽り立てる大音響であったようだ。元軍は太鼓を打ち鳴らし銅鑼を打って天地も揺るがすような集団の怒声とともに迫ってくる。リオンの食堂のマルチトーカノイズのような生易しい代物ものではない。武士の乗る馬がこれに驚きコントロール不能となった。さらに肝をつぶされたのが、彼らが初めて体験した新兵器「てつはう」だった。直径15㎝ほどの金平糖のような形をした容器に火薬を詰め込み紐や棒を使って発射する。閃光と大音響とともに炸裂して武士たちの悲鳴とともに強烈な音圧波形を生じさせたに違いない。

話が600年程遡って、西暦663年の「白村江の戦い」。歴史の授業では特に印象に残らなかったが,古代日本を揺るがした大事件だったようだ[2]。朝鮮半島は超大国唐の圧力を受けていた。当時の友好国であった百済再興のため大軍を送り唐・新羅の連合軍と戦ったが惨敗した。次はいつこちらにも攻め込まれるかわからないという状況で,大和朝廷の祖国防衛のための力の入れようは相当だった。梅が枝餅の思い出しかなかった大宰府はその防衛拠点であった。対馬、壱岐などに最前線部隊として「防人」を駐屯させ、対馬から機内まで約25 km毎に「狼煙台」を設けて情報をいち早く伝達しようとしていたらしい。

西暦843年の対馬の防人に関する記録で、音に纏わる興味深い記述がある。その年の冬から夏に掛けて、対岸の新羅の国に夜になると火が見え、鼓の音が日に23回聞こえたというものだ。対馬の北端に立てば釜山まで約40 kmで現在でも夜景が望めるそうだが、鼓の音がそんなに長距離伝搬するかどうか。1200年前に防人が聞いたであろう音を想像してみよう。海上伝搬は波浪による散乱の影響で順風条件であっても予想に反して音波はあまり伝わらないので[3]、音が聞こえた当日は無風でべた凪の状態で、対馬方向に向かう音波が上空で主に温度の影響で下向きに屈折し鏡面のような海面で反射してこれを繰り返しながら2分程度で対馬に達したと想像される。モニンオブコフ相似則が成立するのは夜間の接地境界層で数十m程度なのでその範囲で何度も屈折反射を繰り返すと流石に減衰してしまうだろう。とするとかなり上空まで海面付近より気温が高い状態だったか。低いドンドンという音なので空気吸収は大きくない。距離減衰は80 dB程度と推定できる。東京都府中市にある大國魂神社の有名な暗闇祭りで大太鼓から数mの距離でこっそり測った騒音レベルが110 dB程度だったのでこれを参考にする。風もなく暗騒音は強烈に小さかったはずなので、大きな鼓の音なら騒音レベルで30 dB程度となり何とか聞こえたのではないだろうか。この小冊子を読みながら、真っ黒の海を見つめた孤独な防人が聞いたであろう音を感じることができた気がして嬉しくなった。

参 考 文 献

[1] 郷土歴史シリーズ④元寇,岡本顕實著,さわらび社

[2] 郷土歴史シリーズ⑦防人,岡本顕實著,さわらび社

[3] 横田他、“音の海上伝搬に及ぼす風の影響に関する時間領域差分法を用いた数値解析、”騒振研資料(2018.10).

(リオン 大島 俊也)

 

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