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会員コラム

いきものと人が織りなす初夏の音(Vol.42 No.3)
いきものと人が織りなす初夏の音

いきものと人が織りなす初夏の音

仙台市の鳥がカッコウと決まったのは,1971年のことだ。健康都市宣言10周年の記念に,市民投票によって選ばれた。その当時,街中でもその鳴き声を聞くことができ,「杜の都」仙台の象徴にふさわしいということで選ばれたようだ。

近き木に来て郭公の三声ほど 高浜虚子

時が進む中,カッコウの声を身近に聞くことは難しくなってきた。例えば,街の中心からほど近く,かつて仙台城があった青葉山では,1964年と1989年の調査において,カッコウの棲息が確認されている1)。また,1994年に発行された宮城県の野鳥のガイドブックにも,青葉山でカッコウが見られることが記されている2)。しかし,2010年に発行された青葉山の自然のガイドブックには,カッコウの記載がない3)。また,市議会の議事録を調べると,19946月議会の一般質問の中で「市の鳥であるカッコウの声が聞こえなくなった」という発言があったことがわかる。さらに,19976月議会では,環境局長の答弁の中に,1994年に中学生を対象として行った調査結果から,カッコウなどの身近な生き物が,20年前と比べて少なくなっていることがわかった,という発言が見られる。これらを合わせて考えると,カッコウは,1990年代半ばには,市民にとって身近な存在ではなくなってしまったようだ。

蘆原の中に家あり行々子 正岡子規

仙台でカッコウが身近な存在でなくなった原因の1つは,都市開発により,カッコウが好む環境が減少してしまったことにあるようだ。上述の市議会での発言は,正に,その文脈での指摘だ。また,八木山に長く住む知人から,以前は自宅周辺でカッコウをよく聞いたが,地下鉄東西線の工事が始まってから,さっぱり聞かなくなったという話を聞いたこともある。だが,これが全てではない。

カッコウは托卵によって繁殖する(余談だが,この性質により,市の鳥としてはふさわしくないのではないかという議論が,1990年代後半から2000年代半ばにかけて,市議会でなされている。)。その托卵相手の1つがオオヨシキリだ。ヨシキリは,その鳴き声から行々子という別名を持つ。そしてヨシキリが巣を作るのは,葦原の中だ。

よもすがら騒ぎし葦を刈にけり 浜井武之助

葦は,古くは,住宅の屋根に用いられたり,葦簀に用いられたりと,生活に根付いた存在であった。そのため,葦原は人々の手により管理されてきた。葦苅が晩秋の季語なのは,その名残だ。

しかし,住宅の近代化が進み,萱葺屋根は絶滅間近となり,葦簀も安価な輸入物が主流を占めるようになった今,程よく手が入った葦原を目にすることは少ない。これは,取りも直さず,オオヨシキリの安住の地の減少を意味し,それはカッコウの減少にもつながる。

目開けば海目つむれば閑古鳥 飯田龍太

2011311日,東日本の太平洋沿岸部を大津波が襲った。緑が美しかった仙台市荒浜の防風林は,そのほとんどが流されてしまった。

荒浜の方々に聞くと,震災前は,田植えの頃になるとオオヨシキリが賑やかに鳴き始め,カッコウも普通にやってきていたのだと言う。浜辺に座り,波音を背景に聞くカッコウの声は,さぞや美しかったことであろう。

震災後も,オオヨシキリは季節になるとやってきて,喧しい位にその喉を披露している。しかし,好みとする高い木がほとんど無くなってしまった今,カッコウはやってこない。

以上,秀句の力を借りながら述べてきたように,カッコウに彩られた初夏の音風景一つとっても,カッコウさえいれば成り立つのではなく,カッコウと他の生き物たちとの,そして,人々との関係があって初めて,持続可能なものとなる。このことを何とか五七五の形で表現しようともがいた結果が,このコラムの表題として挙げた,著者の駄句だ。

謝辞:本稿は仙台市生物多様性保全推進事業に関わる中で得た情報を活用してい

る。関係する皆様に謝意を表す。 

参 考 文 献

1) 竹丸勝朗:仙台城址およびその周辺地域の鳥類, 仙台市教育委員会編:仙台城址の自然 ―仙台城址自然環境総合調査報告― (仙台市教育委員会,仙台市,1990), pp.219-254.

2) 日本野鳥の会宮城県支部編:宮城の野鳥 (河北新報社, 仙台市, 1994), p.148.

3) 青葉山の緑を守る会:杜の都「青葉山」の今! 青葉山自然観察ガイドブック (青葉山の緑を守る会, 仙台, 2010).

(福島大学 永幡 幸司)

 

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