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会員コラム

福島大学サウンドスケープ研究室の紹介 (Vol.36 No.6)
福島大学サウンドスケープ研究室の紹介

福島大学サウンドスケープ研究室の紹介

福島大学が所在する福島市は,福島第一原子力発電所の爆発事故により放出された放射性物質によって汚染されています.例えば,福島大学における原稿執筆時(2012827日)の空間線量は,芝生を張り替えるなど徹底的に除染された文部科学省設置のモニタリングポストの周辺で0.3 µSv/h弱,通路を挟んで隣接した,ほとんど除染が行われていない私たちの研究室の前の草地で0.8 µSv/h程度です.原発事故以前の福島市の自然放射線量が0.05µSv/h 程度であることをお示しすると,正に桁違いの汚染であることがおわかりいただけるかと思います.

 このような状況の中,私たちの研究室ではサウンドスケープ研究を続けています.サウンドスケープという語が意味するところについて未だに誤解されている方を散見しますので,この機会を利用して改めて紹介しておきますと,「個人あるいはある社会にどのように知覚され,理解されているのかに強調点の置かれた音の環境(音環境).それゆえ,サウンドスケープは個人と音の環境との間の関係によって決まる.」1)と定義される概念です.この概念は,音環境を美しく,人の福祉と健康を破壊することがないものへと改善したいというマリー・シェーファーの信念の下,生み出されたものです.このような概念を看板に掲げる私たちの研究室では,日本の(さらには世界の)音環境をより「よい」ものとすることを究極の目標としています.

 私たちの研究室で行っている,今の福島の状況を最も反映した活動は,福島市内の音環境の変化を記録しweb上で公開する「福島サウンドスケープ」(http://www.sss.fukushima-u.ac.jp/~nagahata/fsp_311)です.象徴的な事例を紹介しましょう.原発事故後,福島市内の公園で子供の声を聞くことはまずありませんでした.被ばくを避けるため,子供たちが外で遊ばなかったからです.公園の除染は,昨年の夏頃から本格的に進みましたが,多くの公園で,

しばらくは子供の声が聞こえてきませんでした.春になり,除染が成功した公園では,しだいに子供の声が戻ってきました.でも,うまくいかなかった公園では,未だに子供の声は聞こえてきません.カーソンは『沈黙の春』2)の中で化学物質に汚染され,鳥が沈黙した春を描いていますが,福島で現実に起きたことは逆でした.皆さんはこのサウンドスケープから何を聞き取りますか?私が現時点で1つ言えることは,政府や福島県などは事故直後から現状の汚染レベルは健康に直ちに影響を与えるものではないと繰り返してきましたが,「健康」という語をWHOの定義に従って捉えれば,私自身を含め,福島市で生活する人々は,既に健康上の被害を受けているということです3)

 また,私たちの研究室では,新潟県中越地震の際から被災地に入り,避難生活の支援を行うと共に,音の問題を中心に,避難生活の生活環境の問題について検討してきました.その経験と成果の一部が今回の震災で役に立ったことは,不幸中の幸いでした.

 震災と直接は関わらない研究も,1つ紹介しておきましょう.バリアフリーな音環境の研究です.この研究では,視覚障害者をはじめとする様々な立場の方々との対話を繰り返し,心理実験等を交えながら,より多くの人にとって安心で安全に移動できる音環境はどのようなものかについて検討しています.静音な車の問題が象徴するように,音によるバリアフリーが検討される際,音環境全体を考えた議論が少ない今,これを打破することが当面の目標です.

 このように私たちの研究室では,決して健康な(音)環境とは言えない福島の地で,人の福祉と健康を脅かすことのない音環境を作り出すことを目指した研究を行っています.そして,私の最近の切なる願いは,健康な環境で研究をするということです.

 文献

1) B. Truax ed.: Handbook for Acoustic Ecology (A. R. C. Publications, Burnaby, 1978), p. 126.

2) カーソン(青樹簗一訳):沈黙の春 (新潮社, 東京, 1974.

3) K. Nagahata, “What can/should soundscape community do when we listen to the soundscapes in Fukushima?”, the global composition: proceedings, pp. 88-96, (2012).

 図―1 モニタリングポストの周りの除染の様子(「福島サウンドスケープ」より)

永幡幸司(福島大学共生システム理工学類)

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