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公益社団法人 日本騒音制御工学会

会員コラム

32巻6号曽根先生原稿(Vol.32 No.6)
32巻6号曽根先生原稿

32巻6号曽根先生原稿

平成16年5月に、平成15年度日本騒音制御工学会研究功績賞を頂戴した。日本音響学会では、名誉会員は功績賞の候補になれないことになっており、名誉会員と功績賞受賞は補完的関係にある。何となくそのような感じを持っていたので、功績賞をいただいたことは予期せぬ喜びであった。

 騒音制御工学会の発足からすでに32年が経過し、当時を知る人も徐々に減ってきていることに一抹の寂しさを覚える。記憶に残っていることを記録しておくのも、年長会員の任務かも知れないので、設立当時を振り返り、また、最近感じていることを述べてみたい。

○騒音制御工学会の創立前後 1975年8月に、日本ではじめてインターノイズが開催された。1971年に米国INCEが設立され、1972年に第1回のインターノイズがWashington DCで開催された折、出席された故五十嵐寿一先生に、日本での開催が打診され、帰国後、先生は何人かの方々に相談されたようである。私の恩師で、当時上司であった故二村忠元先生がその話を持ち帰り、お前やる気があるかとおっしゃるので、やりましょうと答えたのが、インターノイズとの関わりの初めであった。それまでの経験と言えば、東京ICAの折、故菊池喜充先生が主宰された東北大学でのサテライトシンポジウムのお手伝いをしただけで、甚だ心許ない次第ではあったが、私が事務局長を務めることになった。

 インターノイズ75のために、1973年に準備委員会が設けられ、近づいてからは組織委員会に切り替えられた。これらの委員会において、わが国にもINCEをつくろうという話が持ち上がり、インターノイズ75の終了後に具体化したものである。日本騒音制御工学会という名称は、たまたまインターノイズ75の趣意書に「国際騒音制御工学会議」という和名を使ったことに由来する。学会発足に向けて準備委員会が作られ、私も準備委員として参加した。日本騒音制御工学会が発足した当時は、役員会の構成員は理事と幹事で、筆者ら若手は、幹事という名称で参加した。

○インターノイズ84のころ インターノイズ75の何年か後に、ハワイで日米の共催でインターノイズ84をやろうという話が米国INCEから持ちかけられ、これに対する日本側の準備委員会がつくられた。故二村先生、石井先生、前川先生、子安先生その他の方々が加わっておられたものと思う。日本からも General Co-chairman を出すことになるが、準備委員会の中では、小林理学研究所長の職にあった子安先生がその任に当たるという諒解であったように聴いている。ところが、1981年に、子安先生は突然、同研究所を辞められた。準備委員会では、無職の子安先生に Chairman をお願いするのは、余計な負担をお掛けすることになるのではないかという懸念から、私にその任が振られてきた。私にとっては晴天の霹靂であったが、故二村先生からのお話でもあり、引き受けざるを得なかった。

 インターノイズ84のプログラム委員会(米国側)のアブストラクトの審査は結構厳しく、日本からの応募のうち何件かは reject されてきた。ところが、reject 候補の論文の中には、日本側主要メンバーの発表も複数あり、これには閉口した。理由は、騒音との関係という点で論旨が明確でないということだったように思うが、再考を願って採択してもらったものもある。

○街頭騒音など 環境庁が設置されて以来、騒音問題に関する各種検討委員会に参画し、また、地方の環境行政のお手伝いにも長い間携わってきた。宮城県では、街頭商業放送の音量基準を昭和40年台に設け、街を静かにしようというこの政策は、ある程度の成果を収めた。最近、街を歩いてみると、従来からの商業宣伝放送のほかに、多くの商店からの個別宣伝放送でアーケードの下は喧騒を極め、何を言っているのかもよくわからない。また、拡声装置を使わずに、地声の大きいアルバイトを使って客の呼込みをしている店が少なからず見られ、英国の田舎の城下町を訪れたときにたまたま出会ったtown crier を髣髴とさせる。街頭の喧騒の中に居ると、騒音問題が、時代の流れでサウンドアメニティやサウンドスケープの問題にすり替えられ、本来の立場から目が離れてきたのではないかという懸念すら覚える。

環境関係の審議会や委員会に出席していると、行政の下請けをしているコンサルタントが作成したと思われる報告書では、「騒音に関する要請限度をクリアしている」とか、「要請限度を維持することを目標とする」などというとんでもない記述が、かなり多くの場で出てくる。要請限度は、それ以上の状態では住民の受忍限度を超えるので、緊急避難措置として、当該道路の自動車交通量の制限を要請できるというレベルであり、維持すべき望ましい基準とはおよそ性質の異なるものである。私が気付いた場合は、このような表現はすべて削除してもらうことにしている。

 騒音制御工学会としては、騒音は、第一義的には低減すべきものという本来の立場を忘れずに活動を続けていただきたいものと思う。

(東北大学名誉教授、秋田県立大学名誉教授 日本騒音制御工学会名誉会員  曽根敏夫)

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